1.美しい日本の私
1968年川端康成のノーベル賞授賞式でのスピーチのタイトルが
「美しい日本の私」でした。
今でこそ、違和感を感じないタイトルですが、当時まで敗戦の反動で日本人の多くは自国に対してネガティブな感情を持っていましたので、このタイトルには新鮮な響きを感じたものです。
しかし、一方で彼の言う日本の美しさは日本の自然の美しさと言うよりも、「死の美化」を思わせるところがありました。事実、彼の最期も自殺でした。
2.日本の美しさは自然美と精神性
日本の美しさは、第一に自然の美しさと言えます。
海に囲まれ山の多く変化に富む土地と地震と火山という地理的な条件が生み出した美しさです。
それは、裏を返せば災害が多い国で自ずと互いに助け合わないと生き延びることができないという日本人の精神性を作ることにもなったと思われます。
3.日本人の美徳は仏教が影響
ところで、インターネットが普及してこの方、世界中からYouTubeやXなどを通して日本の良さが報告されています。そのためもあって、日本人自身も祖国並びに自分たちの良さについて見直す機会が多くなりました。
その代表的な良さとは、礼儀正しさ、思いやり・親切、清潔、治安の良さ等と言えるでしょう。
これらの美徳は、日本の自然によって育まれたところもあるでしょうが、仏教の影響も大きいと言えます。
例えば、身を清めたり清掃を行うことは心を清めることにつながるという考え方は仏教の基本的な考え方です。
また、「情けは人のためならず」という諺があります。これは、最近は「親切にするとその人のためにならない」と解釈する文字通り情けない話も聞きますが、本来は「思いやりや親切を他人に施すという利他の行為は、実は回りまわって自分を利することでもある」という大乗仏教の考え方なのです。
また、社会が諸外国に比べて安全で治安が良いわけは、経済的な理由もあるでしょうが、最も大きい理由は因果応報という仏教思想の浸透と言えるでしょう。
すなわち、悪いことをすれば未来(現世であれ来世であれ)において自らに悪い結果が生ずると多くの日本人が信じているからだと思います。
4.厭世思想と現世利益
さて、仏教には厭世思想と現世利益という一見して矛盾する考え方が存在します。
厭世思想とは、「欣求浄土厭離穢土」という言葉に象徴されるように、現世を厭い来世に望みを託す考えです。
家康は、それを現世で実現させようとしてこの旗印を掲げたと思いますが、浄土教(宗)の考えの基本は現世を逃避して来世を美化するところから、死への美化につながり、今だに自殺志願者が絶えないわけです。
一方、現世利益の考え方は、仏を信仰した結果、この世で仏の恵みを受け、望みがかなうことを指します。
『法華経』薬草喩品第五には、「是の諸の衆生、是の法を聞き已って、現世安隠にして後に善処に生じ、道を以て楽を受け、亦法を聞くことを得」とあり、如来の説法を聞いた衆生が現世の安穏を得て、さらに来世には善処に生まれると説かれています。
これも良い意味での因果応報の考えで、仏道修行など善い行いをすれば来世どころか現世でも利益を得ることができるという考えなのです。
5.大谷翔平礼賛の背景
世界の中での「日本の良さ」と言えば、今や大リーグの日本人野球選手の大谷翔平を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。
その大谷の思考や行動の基本にはポジティブ思考があることはお分かりと思いますが、実は思想的な背景があることが知られています。
中村天風の存在です。この人は、世界の多くの著名人に影響を与えた思想家です。
彼の思想の根源はインドにありますが、彼自身は仏教などの既成宗教を重んじてはいません。
というか、仏教思想にかなり近いのですが、彼自身仏教について深く知る機会がなかったようです。
彼の考え方の象徴的な言葉の一つとして「積極」があります。あえて「せきぎょく」と読ませて単なる積極性とは区別していますが、私には仏教の現世利益の考え方に通じるところがあるように思います。
彼の考え方、そして日本の良さを醸成した仏教思想は、これからも世界に好ましい影響を与えていくことになると思われます。